跡部様の危険な回想



その日は雨だった。

予てより、雨が降って、部活が休みになったら、外食でもしようかと思っていた跡部は、樺地を共だって青学まで来ていた。



自分の想い人が居る筈は無いだろうけど・・・。そう思いながら、彼の教室に向かう。

青学内の地図は先日の文化祭にて入手済み。

さほど迷うことなく彼の教室まで来た跡部は、室内を見渡す。


やはり探し人がそこには居なかったが、跡部は教室内に入っていく。


彼の机を探し当て、椅子に腰を降ろす。



一番前の、窓際から3列目。



机に肩肘を預け、自分の顎を支え暫し感傷に浸る。


彼はここで勉強して、弁当を食べて、友人と語らっているのだろうか?


そんなことをぼんやりと考えていたら、何故だか無性に彼に逢いたくなった。

ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、もう一度、机に手をあててそっと撫でる。


(ここで待っていても戻っては来ないな)


そう思い、椅子を元の位置に戻そうとしたところ、廊下から数人の声がする。


樺地に「見て来い」と合図を送り、自分はまた椅子に座りなおす。

言われた樺地が廊下に出てみると、そこには不二たちの姿。

樺地は跡部にその旨を伝えると、「暇だから相手してもらう」と樺地を不二たちの元へ行かせた。いきなり現れた、他校生に一瞬驚きを見せたものの、相手が樺地だったことから不二はそっと教室内を覗いてみる。


そこには、手塚の座席に座る跡部の姿・・。


何故跡部が居るのか


部活が休みになった今日、することもないので、不二は跡部へと歩み寄った。


「跡部」


言われて跡部は、首だけで振り返りひらひらと片手を振ってみせる。


「何で君がここに居るんだい?」

不二に問われて、跡部は少し困った顔を見せた。


「手塚を迎えに来たんだけどよ・・・見つからねぇんだ。貴様らあいつが何処に居るか知ってるか?」

跡部の問いに、不二と連れ立っていた大石が言葉を返す。

「もう、帰宅してると思うんだけど・・・靴は見てきた?」

「あ〜?見たからここに来たんだろうが」

跡部は面倒臭そうに答える。

「じゃあ、職員室か、さもなければ生徒会室か・・・部室には行っていないと思うよ。部室の鍵は俺が持っているからね」

大石は営業スマイルのような笑顔で跡部へと答える。

「ふ〜ん」

それだけを返すと、跡部は静かな動作で窓の方を向いた。




「雨・・だよな。部活休みなんだよな」

ぽつりと跡部が零すと、不二が「そうだね」とだけ答えた。




「あいつ・・・携帯の電源切ってるんだぜ。まったくよぉ。連絡つかないじゃねぇか」


ブツブツと独り言を言い始めた跡部に、不二は面白いものを発見したかのような笑みを浮かべ、跡部の傍へ歩み寄る。



「ねぇ、跡部・・君はさっき手塚を迎えに来たって言ってたよね。それってどういうこと?」

言われて跡部は、両手を机に押し付け、椅子を斜めに倒しながら不二に眼をやる。

「部活が休みなんだから、たまには家の飯じゃなくて、外で飯でも・・って思ったんだけどよ」

なんで電源切ってるんだか・・・


ブツブツ言う跡部にすかさず不二が聞き返す。



「家の飯?」



「あぁ。家じゃいっつも俺様が作ってるんだぜ。なぁ樺地」

跡部はフフンと自慢げに答える。話を振られた樺地も「うっす」とだけ答える。

跡部の答えに更に興味の沸いた不二は、直接的な疑問をぶつけて見た。



「ねぇ、もしかして・・・君たちって、付き合ってるの?」


「はぁ?なに判りきったこと聞くんだよ。じゃなきゃ、この俺様がわざわざ迎えになんて来るかよ。なぁ樺地」「うっす」


跡部は怪訝そうに不二に眼を向ける。

驚いていたのは大石である。



(手塚が?あの手塚が?誰と付き合ってるって?ここに居るのは、氷帝の俺様・・・じゃない跡部だぞ・・その跡部と手塚?)



大石の頭の中は既にパニック状態。

一方不二は僅かに目を開眼させ、興味津々と言った面持ちで跡部へ話掛ける。


「いつから・・その付き合ってるの?」

跡部は椅子から立ち上がり、机の上に座った。


「いつ?あ〜この間のあの試合の後だな」

スラリとした足を組んで、跡部が自慢げに言う。

「君が手塚を誘惑したの?」

不二は跡部の前に立ち、僅かに跡部を見下ろしながら問う。

「そりゃ違うぜ。誘惑してきたのはあいつの方だろう?何せあの色気だ」

肩を竦めて見せて、跡部が腕を組んで思い出し笑いをする。

「うんそうだね。手塚の色気はかなりのものだからね」

跡部の言葉に深く頷きながら、不二が同意すると、大石が少し離れたところで頭を抱え込んでいた。

「だろう?なんだよ不二・・お前判ってるじゃねぇか」

大石の仕草など目の端にも入れず、跡部は表情を輝かせて不二を見上げる。

「判るさ。だって僕は3年間手塚を見てきたからね」

ニッコリと微笑み返し、不二が当然と言った言い方をすれば、益々跡部は表情を輝かせる。

「ふ〜ん。そっか〜そうだよな。まぁ、俺様も1年の時から手塚のことは知ってたけどな」

何かを思い出すかのように跡部が零すと、

「・・で、手塚が君に告白したの?」

不二がいきなり本題!とばかりに跡部に詰め寄った。

暫く考えていた跡部が、ニヤリと笑うと、腕組を解き肘を膝にあてて自分の顔を支える。


「あ〜?そりゃ俺からだな」

「ふ〜ん。君から」

一瞬、不二の米神辺りがピクリと動くが、跡部は気にしていない様子だ。

不二の姿を見て、大石は近くにあった椅子に腰掛け、更に頭を抱え込んだ。

「可愛かったぜ・・真っ赤になって黙っちまってよ・・・フフ・・俺も・・何て言って俯いてやんのよ、あいつ」

「・・・・・・!!」

跡部の言葉に、大石はとうとう机に沈み、不二はその瞳を開眼させながら跡部を見下ろす。


「へぇ。あの手塚がね・・」

「そうよ。今じゃどっちかって〜と慣れてきたみていで、そんなにいじらしいことは無いんだけどな」



本当に可愛くないんだぜ




独り言のように話す跡部には、不二の表情は見えていない。
至って変わらぬ笑顔を持つ不二だが、その瞳は決して笑っていない。

「僕も見て見たいな。そんな可愛い手塚」

「見せられっかよ!駄目だからな。あいつは俺様のもんなんだから」

不二の言葉に、いきなり顔を上げ、鋭い目付きで不二を見やり、跡部が少しばかり声を荒げた。そんな跡部にひらひらと手を振りながら不二がいつもの笑顔で答える。

「あはは、冗談だよ跡部。冗談」

「冗談でも言うなよ。マジに怒るぜ」

安堵の溜息をつきながら、今度はその手を後ろにやり、自分の上体を支えながら、跡部は不二を見上げた。不二はにっこりと微笑んで、話の先を促した。

「はいはい、ごめん、ごめん。
で、さっきの話なんだけど・・・家の飯・・がどうのこうのって?」

「あ〜今俺たち同棲してるんだぜ。家じゃいっつも俺様が飯作ってるから、たまには外食して〜なぁって。なぁ樺地」「うっす」

跡部の言葉に、机に沈んでいた大石が、その眼をこれでもか!と言うくらいに開かせ思わず大声を出した。


「ど・・・同棲??」


「なんだ知らなかったのか?」

いきなり大声を出した大石に視線だけを送って、跡部はフフンと笑った。

「し・・・知らない。知らない。知りたくも無かった」

首をブンブンと横に振り、大石が答える。

その大石は放っておいて、不二が跡部に問い詰める。

「いつから?」

「あ〜ん?一緒に住み始めたのはほんの数週間前だけどな」

即答で跡部が答えると、不二はこれ以上無いというくらいの笑顔で跡部に更に問いかける。

「ふぅん。じゃあさ、君たちってもしかして・・・・・その・・・そういった関係なわけ?」

「当然だろう?愛し合ってるんだから。そうなるのが自然ってもんじゃねぇか」

何を今更?と言った跡部の表情に、ポーカーフェイスが崩れそうになる。

「へ・・へぇ。ちょっと驚いちゃった」

少しばかりの動揺を見せ、不二が引きつった笑いをした時、





「ん?不二・・大石?どうしたんだ?こんなところで・・・あ・・跡部じゃないか?何故他校生の君がここに居るんだ?」

廊下を歩いていた乾が、その声に気付き教室内に入ってきた。

大石は乾の登場にこわばった表情で椅子から立ち上がり、

「乾・・ここに居てはいけない。俺たちは帰ろう」

と言って、自分の鞄を抱えた。が、

「なんで?良いじゃない。ねぇ跡部」

不二がその動きさえも止めてしまうように、静止の言葉を投げかける。



「あ?俺様は構わないぜ。どうせ帰る家は一緒なんだし。まぁ迎えに来た俺様の足が無駄になっちまうけどな」

面倒臭そうに、足を組み替え、跡部が不二に向かって答える。そんな跡部の言葉に、乾が眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに聞く。



「迎えに来た?誰を?」

「手塚に決まってんだろうがよ。なんだってんだよ」

「へぇ。それは面白い」




早速・・・とばかりに、手近にあった椅子を引き、そこに腰掛ける乾に、大石は慌てる。

「面白くなど無い!乾、不二も・・さぁ帰・・」

「大石、ちょっと黙っててくれない?」

大石の言葉を遮って、不二が恐ろしいほどの形相で大石を睨みつける。

「ふ・・・不二?」

そんな不二の表情に何も言えず、大石はそのまま元の椅子に腰掛けた。

乾に視線だけ送り、跡部へと向き直った不二は、この先とんでもないことを聞き始めた。




「ねぇ、跡部。君たちはその、どっちがどっちなの?」

「どっちがどっち?」

僅かに眉を寄せて、跡部が不機嫌そうな声を出す。

「ごめん、ごめん。聞き方が悪かったよね。つまり、男性としての機能を果たしているのは、君なのか手塚なのかってことを聞きたかったんだけど・・」

両手のひらを顔の前で合わせて、ごめんのポーズをしながら不二が際どいところをついてくる。

「男性としての・・・?あぁ、攻側が受側ってこと聞きたいのか?」

更に不機嫌さを増した跡部の声に、期待感を膨らませ、不二がその身を乗り出して跡部に詰め寄る。

「そうそう、そこ!・・・で君は・・」

言われた跡部は状態を起こし、両腕を組みながら不二を睨みつけた。



「何で俺様が手塚に突っ込まれなきゃなんねぇんだよ」

「え?ってことは・・」

好機の瞳で、更に跡部に近づき、不二はその瞳を大きく開かせた。

「可愛いんだぜ。目なんか潤んじゃって・・跡部・・もっと!とか言うし・・く〜堪んねぇ」

思い出し笑いをする跡部に、瞳を輝かせ不二が側にあった椅子に腰掛ける。

「ほう。それは中々興味深い。跡部、その時の状況などを詳しく聞いてみたいのだが・・。いや、差し支えなければ、の話だけどね」

乾が不二に変わって跡部に話しかけると、

「差支えなんてあるわけねぇだろう?愛がある話だぜ。お前ら鼻血吹くんじゃねぇぞ」

跡部は勝ち誇ったような表情で、視線を巡らす。

「うんうん・・で?手塚ってばどんななの?」

不二はその瞳を開かせたまま、大石は両耳を塞ぎ、乾はノートを開いている。

そんな中で、跡部は一人感傷に浸りながら、ぽつりと話し始めた。








「最初はよ・・・・・」