跡部様の危険な回想2

そうそう、最初はな・・・
俺たちが初めて結ばれたのは・・・俺が告白して、手塚がOKしたその日だったな。
☆ ☆ ☆
手塚が自分の気持ちを受け入れてくれたことが、跡部を有頂天にさせた。
気付けば跡部は自宅に手塚を招き入れていた。
屋敷のように大きな家には、両親の姿は無く、数人の使用人たちが居るだけだった。
跡部の部屋へ入った手塚は、その広さとそして、人気の無い虚しさに思わず眉を顰める。
「ご両親は?」
「あ〜使用人が何人か居るかな・・後は俺だけだ」
「どこかへ行かれているのか?」
「別に。いつものことだし」
言いながら床に腰を降ろす跡部を、切なげな瞳で手塚が見下ろす。軽くドアをノックする音。
ドアの向こうで、「景吾様。お茶をお持ちいたしました」と声がする。
「ああ、持ってきてくれ」
跡部の返答に「失礼致します」と頭を下げ、若いメイドが紅茶を淹れて持ってきた。
手塚は微笑みながらそれを受け取り、
「ありがとうございます」
と、丁寧に頭を下げてメイドへお礼を言う。
あまりに綺麗なその姿勢に、メイドは少し目を丸くしたが、やがて微笑み、「ごゆっくりどうぞ」と言って跡部の部屋を後にする。
メイドが閉めたドアを見つめ、跡部が手塚に紅茶を勧める。
「お前・・馬鹿丁寧だな」
ぽつり。跡部が自分に運ばれてきた紅茶に口をつけ言うと、手塚が何故?と眉間に皺を寄らせた。
「悪い意味じゃねぇって。良い意味で言ったんだ」
跡部の嘘の無い言葉に、手塚は薄っすらと微笑む。
「お前の言葉は誤解されやすい。気をつけたほうが良いぞ」
手塚はそう言うと、ゆっくりとした動作でソファーに腰掛け、運ばれてきた紅茶に口を運ぶ。
跡部は手塚のそんな動作に見惚れながら、自分もまた紅茶を一口啜った。
暫くは互いに世間話に花が咲いていた。
花が咲いたと言っても、ほとんど跡部が喋って、手塚が相槌を打つような会話ではあったが。
それでも、跡部はいつになく機嫌が良かった。
ふと・・会話が途切れたその時。跡部は極自然と手塚に眼を向けた。
手塚にとってはもちろん無意識なのだろうが、どうにもその色香が漂ってくるのが我慢できない。
ティーカップをテーブルに置く仕草のしなやかさに、紅茶で僅かに濡れた唇に、額に掛かる長めの前髪から見え隠れする切れ長の瞳に、襟元から見え隠れするその鎖骨に。
手塚の全てに跡部の瞳は釘付けとなってしまった。
そんな跡部に気付き、手塚が僅かに首を傾げる。
「どうした?急に黙ってしまって」
手塚が下から跡部を見上げるように視線を送ると、跡部は勢い良く立ち上がり、無言のまま手塚の横にどっかりと腰を降ろした。
急な跡部の動作に眉間に皺を寄せながら手塚が怪訝そうな瞳を向ける。
「手塚・・・」
跡部の手がそっと手塚の頬に伸び、耳に掛かっている髪を払いのける。
「あ・・跡部?なんだ一体・・」
跡部の仕草に驚きの声を上げて、手塚がその瞳を揺らす。
「お前って・・・・本当に綺麗だよな」
跡部が手塚の両頬に手を添えて自分の方へと顔を向けさせるが、言われた手塚はほんのり頬を染め、視線だけを泳がせている。
「何馬鹿なこと言ってるんだ?」
明後日の方を向きながら手塚がそう言うと、跡部は手塚の細い顎に指を掛けそっと自分へと視線を向けさせ、手塚の唇に自分のそれをあてがった。
突然の行為。
しかも手塚にとっては初めての行為に、その瞳が怒りを含んで跡部を睨むが、跡部は切なそうに手塚の瞳を見つめ返していた。
「本当に・・・綺麗だと思っちまったんだ・・・あの試合の時も・・・そして、今も」
間近で見詰められて、そんなことを言われて、手塚は怒ることも忘れ僅かに頬を朱に染めあげる。
「綺麗とかそう言った言葉は、女性に向けて言うものだろう?俺は男だ」
「そんなこと十分判ってる」
「それに・・・・」
「それに?」
「綺麗と言うなら、それはお前の方だろう?」
言いながら照れる手塚に跡部は愛しさが込み上げてくる。
「お前の方が、数倍・・・数十倍綺麗だ」
跡部が手塚の耳元で囁くと、その頬が更に朱に染まる。
「馬鹿な・・・」
手塚の抗議の声を、唇で塞ぎ、跡部は瞳を揺らして手塚の瞳を見詰める。
「手塚・・・・・お前が俺のことを好きで良かった」
いつもの自信満々な声ではなく、微かに震えたような声に手塚は動揺を隠せない。
「跡部・・?」
手塚が怪訝そうに跡部を見つめ返すと、跡部が堪らず手塚の身体を掻き抱く。
「俺は・・ずっとお前を見てきた。こうして俺だけを見て欲しかった」
手塚の耳朶を甘噛みしながら跡部が切ない声で言う。
「ちょ・・・跡部・・やめろ」
手塚が上体を捻り、跡部を引き離そうとするが、跡部は手塚以上の力でその身体を抱き締めていく。
「嫌だ・・」
「何をガキのようなことを・・跡部、離れろ」
手塚の抗議に貸す耳を持たず、跡部はすかさずその身体をソファーへと押し倒す。
「もう一度言う・・・離せ、跡部」
「い・や・だ」
「跡部・・・俺は男だぞ?」
「知ってるって、さっきも言っただろうが」
「だったら・・・」
「お前が欲しいんだよ」
跡部の言葉に手塚はどう答えたら良いのか分からない。
跡部の感情の行き場が自分にあると分かっていても、それをどうやって受け止めれば良いのか分からない。
「跡部・・・だから・・俺は男で・・」
当然、こういった行為は異性と行うもので、自分は同性なのだから・・・と手塚がしきりに抵抗してみせる。だが、そんな手塚の抵抗は跡部には有効ではない。
「んなこと判りきってるくらい判ってるんだって」
間近でその綺麗な瞳で見つめられて、手塚の心臓が大きく跳ね上がる。
自分の鼓動を跡部に聞かれたくない。手塚は咄嗟に言うべき言葉ではないと思いながらもその言葉を呟く。
「ならば、こういったことは女性相手にするんだな」
「やだね。俺はお前にしか反応しねぇよ」
即答で返して寄越す跡部に手塚は瞳を大きく見開かせた。
「な!何を・・・!!」
「何べんも女相手にやってみたんだけど、お前のこと考えると勃つくせに、おんな相手じゃ役立たずなんだぜ」
あ〜あ。と溢す跡部に、手塚は何故か怒りを感じた。
「そんなに、女に困っていないなら、そいつらを相手にしていれば良いじゃないか」
吐き捨てるような手塚の言葉に、跡部が思わず吹き出す。
「手塚・・そりゃ駄目だって言ったろう?お前以外じゃ・・機能しねぇって。それに、お前は俺の中で、何度も抱かれてる」
「それは、お前の勝手な妄想だろう?」
跡部の言葉に手塚は溜息を吐く。
だが、跡部はそんな手塚を自分の胸中に押さえ込み、その耳元に囁いた。
「俺に・・・こうやってされるのは嫌か?」
「・・・・・・・。」
嫌なのかと尋ねられ、手塚の動きが止まった。
「嫌ならそう言えよ。抵抗しろよ。俺は、俺は・・・手塚・・・お前だけが欲しいんだよ」
熱を含んだ瞳で、跡部が手塚を見下ろす。
何を言えばいいんだろう?手塚は思考を巡らせるが、言葉など見つからない。
壊れたおもちゃのように、跡部の名前を呼ぶしかない。
「あとべ・・」
「お前のことが、お前だけが・・・好きなんだぜ」
真摯の瞳で見つめられ、手塚の身体が粟立ってくる。
「跡部・・・だが・・」
「まだ何か言うのか?」
跡部がその瞳に獰猛な色を見せて問いかける。
暫くお互いに見つめ合っていたが、耐え切れなくなった手塚が、ついっと横を向いてしまった。
何か拗ねたようなその素振りに、跡部は少し首を傾げた。
「・・・・女相手にって・・」
ぽつんと手塚の言った言葉に、跡部は溜息を吐く。
「あぁ、何人もやってみた。だけど・・・・・・」
ふいに、手塚がその身を起こし、跡部の唇に自分のそれを押し付け、言葉を遮る。
突然の手塚の行動に僅かに眼を見開き、跡部が手塚を見つめていれば、今度は手塚が跡部を自分に抱き寄せた。
「もう、そんなことはしなくて良い。これからは、俺だけを相手にしていればいい」
いきなりな手塚の告白。
嬉しさと、切なさが混同したような跡部の顔をじっと見つめて、手塚は言葉を続ける。
「跡部・・・俺も、お前が欲しい」
掛ける言葉が出てこない。
跡部は噛み付くように手塚の唇を貪った。
